2010年09月20日

自然と生きる村 〜宝探し〜

ONE PIECE



宝は探し出すもんだ!木村太郎は言った。

おじいちゃん、おばあちゃんしかほとんど居ない村。。後継者のいない場所。








少年ジャンプに連載している海賊のマンガがあるんだけど知ってる?宝探しをしながら仲間と探求して冒険するというストーリー。

日本は宝の山かも・・・・ですよ。

子孫まで残したいような大事な大切な『宝』だから//埋まっているもんだ。

海賊ルフィが、特技の異なる仲間と共にあらゆる困難を糧に成長していく。

戦い、笑い、自分にも相手にも負けたり勝ったり、助けたり助けられたり・・進んだり、後退したり立ち止まったり・・


西原は宝の山だ!木村太郎が言った。

地元の人は言う・・・・こんな田舎が????半信半疑だ。







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2010年09月19日

自然と生きる村  〜水車〜

山梨県 西原・・・・


昔ながらの生活を営んでいる村です。


僕は産まれて初めて水車を見ました。






そして水車と水の力で生まれた『お蕎麦』を食べました。







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2010年09月03日

新しくなりました!

オーストラリアは豊かな自然を利用した観光が最も重要な産業のひとつであると認識していますface01。そのため、各ツアーやそのエージェントによって質の差が浮き出しになる事を防ぎ、業界全体で上質のサービス/ツアー運営を目指そうと言う事で1991年に観光業界を中心とした非営利団体であるECOTOURISM AUSTRALIA協会(以後EA)が発足しました。







オーストラリアでも「エコツーリズム」「エコツアー」「エコロッジ」などの言葉をむやみに乱用し、営業、営利目的だけで使う業者が現れ始めました。紛いものツアーエージェントに対し、本物を目指す観光業者から全体の質の低下が危惧され、その差別化を願う声がつよくなったのですね。そこでEA協会は世界で初、そして当時唯一のエコツーリズム商品の認証制度を開発しました。(1996年度から実行し、2000年改良をしたNEAP制度を導入)。
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2010年08月11日

事故

アメリカ時間、9日午後6時40分(日本時間10日午前9時40分)。ネバダ州ラスベガスから、ユタ州の観光地ブライスキャニオンに向かう途中に小型バスが横転。旅行代理店3社が主催するツアーで日本人旅行客14人と運転手1人のうち3名が死亡を確認されたそうです。





最近、海外ツアーや旅の事故が多い。。。。。日本国内でも日テレの記者とカメラマンが亡くなった。。


≪09年≫

5月23日 フィリピン中部ミンドロ島沖でフェリーが転覆。日本人1人を含む12人が死亡

12月13日 オーストラリア東部クイーンズランド州フレーザー島の海岸で、日本人男女8人が乗った四輪駆動車が横転し1人死亡

≪10年≫

4月11日 オーストリア北西部エンスで、日本人40人が乗った観光バスがトラックに追突、8人重傷

7月23日 スイス南部で、山岳観光列車「氷河特急」が脱線、日本人1人死亡、2人重体


ご冥福を祈ることしかできません。。旅にでて家族が亡くなることなんて考えられません。すごく悲しいことです。。。。


運転したり、ガイドしたりしている僕にとって明日は我が身の記事です。ファーストエイドだけではなく、危険を予知するトレーニング(KYT)を通常業務の研修と共に行うべきなのだと常々思っています。KYTを行えば、突発的な人為的な事故は少なくなる。

気を引き締めないと。。。  

2010年08月06日

原爆の日 

ご冥福を心よりお祈りします。


Hiroshima Peace Memorial  1996年 世界文化遺産登録。






絶対に行かないといけない場所と思っていた。 。。ここを知らずして世界遺産学は語れないと思っていた。。。

僕の知らない世界がここにあります。 時と共に風化してしまう記憶がここに残ります。

知らなければいけない。 。。。生きたくても生きれなかった心がある事を。

戦争した国々で言い訳や言い分がある。。。どのような理由であれ戦争は起こしては行けない事。

その事を伝えるべく世界遺産が「日本」に存在します。 その事を伝えるべく人が存在します。

通称「負の世界遺産」と言われる世界遺産があります。。


原爆ドーム(広島平和記念碑)(日本)

アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所(ポーランド)

バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群(アフガニスタン)

ゴレ島(セネガル)

ロベン島(南アフリカ共和国)

ザンジバル島(タンザニア)


人類が犯した悲惨な出来事を思い出させ、二度と起こることのないようにするために登録された物件。

忘れては行けない事は20世紀は「戦争の世紀」だったこと。 「戦争・紛争の被害、被爆」そして「難民や孤児」 「戦争・紛争の被害、被爆」そして「大量生産・高速型のライフスタイル」 。。





飢えていないはずなのに、飢えている時代に。。  集客目当ての世界遺産運動の多くなった時代に。。  世界遺産の意義がここにあります。。。

世界遺産の考えに賛成する締約国は183カ国、そして911物件の世界遺産が存在します。

世界遺産の意義の一つに『国際的相互理解』があります。それは戦争の原因とはお互いの国の偏見、政治の違い、宗教の違い、肌の色の違い、習慣の違い、考え方の違い、見た目の違い、食べ物の違い、資源の違いなどで国同士でヒトを殺し合う。オーストラリア人と日本人だって殺し合った。

だから、もっともっとお互いの国の『文化/自然の理解』。。そして『自然/文化の分かち合い』=Shareをすることで、お互いの国の理解を深めることで,『争う心』がなくなっていくのではないか。。。またそのように育んでいくことが必要なのではないか。。。ということなのですね。


そして歴史・・・

1914年1月に着工開始、レンガづくり3階建てのセッション様式で、1915年4月「広島県産業物産陳列館」として完成しました。後に「広島県商品陳列所」 と改称され、県の物産の陳列のほか、美術展などの展示場にも使用されていた憩いの場だったそうです。


1945年8月6日午前8時15分、米軍のリトルボーイ投下...






熱線、衝撃波、放射能、爆風はたった一秒で8万人を即死させ、年末までに約14万人を死亡させたとされます。





凄まじい破壊力を見せた爆風は建物の上方(爆発点高度約580メートル)からほとんど垂直に働いたため、放射能は建物を貫通しましたが、ドーム心部は奇跡的に倒壊を免れたと考えられています。





平和の象徴か不幸の記憶か、「原爆ドーム」という呼び名は、建物の頂上天蓋の残骸が傘状になっている姿から「いつのころからともなく、市民の間から誰ということもなく自然に言い出された」といわれています。





1950年頃から、広島では原爆ドームの存廃について議論されました。

1964年、11の団体が保存を求めました。

1965年「補強すれば保存が出来る」という調査結果を受けた広島市会議にて満場一致で保存する事が決まりました。

1966年末から保存のための募金が開始され、最終目的4000万円を上回る6600万円が集まったそうです。

1967年7月 に補強工事が完成し、1989年には二度目の保存工事が行われました。

当時、原爆ドームは日本の法による保護措置がまったくなされていな かったため、文化庁は世界遺産推薦の対象にしていませんでした。


文化財への指定は築後100年が条件とされ「特別史跡名勝天然記念物及び史跡名勝天然記念物指定基準」 にもとづいて原爆ドームは文化財の対象ではありませんでした。。

1993年、広島市長は原爆ドームを世界遺産リストに加える事を日本政府に推薦を求めましたが、日本の文化庁の判断は「文化財としては新しすぎる」というものだったそうです。そして「世界遺産化をす すめる会」が発足。その結果、署名は165万にのぼり、衆、参両院で世界遺産化を求 める請願が採択されたそうです。

文化庁も文化財指定のための検討作業を開始、 1995年に文化財史跡指定が決定しました。 そして、日本政府は世界遺産委員会へ原爆ドームを推薦。

1996年12月、第20回世界遺産委員会がメキシコのメリダ市でが開かれ、原爆ドーム登録 問題が審議されました。

世界遺産登録は委員会21ヵ国の多数決で決まるのですが、、米国と中国の2ヵ国が反対意見を表明しました。 アメリカは「原爆ドームは世界遺産に似合わない」とし、中国は「日本は戦争を始めた加害者であることを忘れてほしくない」として賛成しませんでした。

原爆ドームは、1996年12月、世界遺産として登録され、核兵器廃絶と恒久平和を求める誓いのシンボルとして、平和へのメッセージを発信することになりました。

でもそれが戦争の爪痕です。どこの国が悪いかではないのです。
戦争したらこうなるんだぞ。。核を使うとこうなってしまうのだぞ。。。メッセージが常に出されているのです。


「あの痛々しい産業奨励館だけが、恐るべき原爆を後世に訴えてくれるであろう」



この原爆ドームとして保存運動の発端となったのは、1歳で被爆し、16歳で急性白血病によって無くなってしまった少女の願いであったとされます。







    
  今 この地球上には2万7,000余発の核兵器が存在します。




被爆体験を語る人が減り、広島、長崎の悲惨な記憶が時の流 れとともに薄らぎつつあるそうです。


              
    平和・・


                本当の平和は・・







 僕たち全人類が7世代先の子孫の事まで考え始めた時に始まるのだろうか


 人間だけに都合の良い地球何て誰も望まないのですよね。。。きっと。

  

2010年08月06日

嬉しいお手紙

オフィスへ帰ったらface02face02face02マネージャーがにこにこ〜〜

「はい、kちゃん女の子からだよ〜〜」

居合わせた奥様が手紙をふんだくった。




「深い大自然の中に たたずんで 目をつぶって深呼吸

自分自身が 森の一部になったように 微かな風や 原始からの 森の匂いを 感じとる事ができました

見で見て 考えたり 感じるのではなく 全身をポンと 自然の中に 置くことの 大切さを おしえて頂き 感謝です。

多雨林地帯の経験は 初めてでしたが 樹々にとって 一筋の陽光が どれほど大切なものか・・

また 山火事が種子の 命を育むために 必要なことなど 今までに 考えたこともない事をしりました。 

ゴンドワナ大陸の つながりを示す ナンキョクブナの樹、 また その板根の力強さ、日本で知る イチジクとは別物の 締め殺しのイチジク

展望台から 大きなカルデラを眺め 大きな空の下に うすく青くかすむのが ユーカリからのプレゼントと知って 植物のありがたさを 目のあたりにしました。

原始林の上を歩く ツリートップウォーク どちらを向いても 見渡す限りの 深い森・森・・・・





ゴールドコーストのどこもが 空気が澄んでいて 人々にも優しく 嫁一家(孫は中学生)を連れて行きたい 場所NO1になりました。

また 帰国の日 ホテルから空港まで 送って頂いたのが 偶然にも K君のお父様でした。 その節はお世話になりました。宜しくお伝え下さい。

PSホエールウォッチングの予約を快く引き受けて下さり ありがとうございました。おかげさまで 2頭のクジラが 並んで潮を 吹く

様子を みることができました。 無事に赤ちゃんを連れて 戻って来てねと 願わずには いられませんでした。

心のこもったガイドほんとうにありがとうございました 心からお礼申し上げます 」


感謝感謝。今日もがんばります。face06  

2010年07月22日

地球の歩き方 グラビア撮影

今日はですね、今年11月に発売される(予定)地球の歩き方『ケアンズ・ゴールドコースト』のグラビアインタビューを受けて来ました。「ゴールドコースト&ケアンズ」編としてリュニーアルするための取材だそうです。





その巻頭特集でですが「世界遺産で遊ぶ!」というような特集グラビアを作る(予定)ということで、何でもケアンズ・ゴールドコーストの世界遺産で活躍(?)するエコガイドやダイバーの取材をしているそうです。インタビュアーはオーストラリア地球の歩き方の著者として有名な伊藤氏。


当初「グラビア」を撮るからと言うことでなじみの無い言葉に思わず。。。露出の高いイメージ写真を撮られるイメージしか無く。。。。(=・Å・=) 調べたらグラビアって巻頭や巻末のページの事なんですね。なんだぁ。。。(.≧з≦)/


さて、ゴールドコースト地域からは僕(http://www.cresttours.com/)ともう一人『フレーザー島のガイド マサキhttp://www.natura-ecotours.com/』がお呼ばれされ、海に隣接する森「バーレーヘッズ国立公園」で撮影開始。


まずは僕の撮影から・・・・伊藤氏やわらかい笑顔で「・・・・・そうだねK君は森のイメージだから(*∩ω≦*) 」ット言う事でバーレーヘッズの国立公園内へ。。。
この板状根の発達した樹の前でッパシャ。パシャ!






伊藤氏「K君、表情がかたい、かたい!」・・・・なじめず良い顔がつくれない。。。。(*゚σ∀゚)σ 。パシャ!パシャ!パシャ!パシャ!パシャ!数回撮り直し。。。落ち葉を拾ってリラックス。そしてOKのサインがようやく出ました。「ふぅぅ・・・・(p′ε`q*)☆。+ 」

伊藤氏「マサキ君は海のイメージだね・・・・(*∩ω≦*)」ット言う事でバーレーヘッズ国立公園の外へ。。ここはサーフィンで有名なポイントです。





パシャ!・・・・・・・パシャ!伊藤氏「はいOK!」。なんと2枚でOKが出た。。この差はなんだ。。。


その後、伊藤氏から『世界遺産に友達を連れて行ったら、どうやって遊ぶ?』という質問からインタビュー開始。

マサキは『3ーEについて(3つのEの頭文字がつくアルファベット)』話をして、僕は『ゆっくり歩くの◯○○ぎる』という観点から『ゴンドワナ多雨林保護区』を最大限(たぶん・・)に楽しめるコツを話し、大いに盛り上がりました。

気づけば夕方。。。。

ボツになっていなければ、インタビューの内容は『地球の歩き方ケアンズ&ゴールドコースト』で読んで下さい。今から僕はドキドキしてます。






伊藤氏へ
大変貴重な体験をさせて頂きましてありがとうございました。
またお目にかかれる日を楽しみにしてます。
  

2010年07月16日

嬉しいお手紙

今日はお休みですface01

ちょっとだけオフィスに顔出したら・・・・・マネージャーが「Kちゃん女の子からお手紙きているよ〜〜〜(●*>∀0*)⌒☆ 」と。

「今度はどんな子 どんな子〜〜」とおちょくりながら渡され、、

「はぁ・・」と言って受け取って中を見ると。。

お手紙と数枚の写真と詩が同封されていました。


3月にラミントン国立公園とスプリングブルック国立公園を案内させて頂いたご夫婦からのお手紙でした。

オーストラリアへは娘様のご結婚式で来たと言う事。このご夫婦の「銀婚式」がその翌日であった事。オーストラリアが住んでみたい国1番になったという事などが書いてありました。

それと、オーストラリア政府観光局が主催している『私だけのオーストラリアの旅 オージー王子』というキャンペーンにて、僕と一緒に写った写真とその方が添えた文章が最終選考10名に選ばれたという内容でした。。

特別審査員はジョン・カビラさんとモデルのアン・ミカさん。そしてグランプリをとるとなんと100万円分のオーストラリア旅行が当たるそうです(すげ〜〜〜w(゚ o ゚; )w )。

そういえば、お客様から「オージー王子に募集するから( b *>▽<)b  !」と言われた記憶がありました。ってか見た目も僕は日本人だけど、、、100名以上の応募の中から僕とその方が写っている写真が残ったのが「?????」でしたが有り難いお話ですね。


その方とのお写真は了承を得ていないのでブログには掲載できませんが、頂いた僕一人の写真を載せますね。







その方がキャンペーンの為に書いた文章。

彼には世界遺産を案内してもらった


彼に促され 森の中で 目を閉じて 耳を澄ました。

鳥のさえずり 木々のざわめき 川のせせらぎ 落ち葉の上の小さな足音 空中の羽音。

気付かなかった 森の鼓動を感じた。

彼に勧められ 目を閉じて 空を仰いだ。

太陽の方向がはっきりと感じられ 風の通り道や 木の葉の茂り具合 水の匂い 土の香り 森の体温を感じ 体臭に包まれた


たくさんのお土産をデジタルカメラに詰めてもらった。


葉脈だけになった木の葉越しの一枚
大木の吐息を 胸いっぱいに吸い込んでいる後ろ姿
若葉から見た太陽


彼は 言った。


「オーストラリアの自然を肌で感じて下さい」
「オーストラリア人の日常を体験して下さい」
「オーストラリアで人生と向き合って下さい」
「それが あななだけに出来る 『貴女の旅』 です」

オーストラリアの大地の歴史、ジュラ紀からつづく生態系の流れ、人々が創り上げたオージーマインド、地球規模で見た気象の変化、日本との関係(当然日本の歴史,思想をふまえた上で)、日本の情報、何をとっても彼の知識には舌を巻いた。

彼となら 何度でも 何処へでも行きたい



以上でした。本当に有り難いお手紙です。明日また精一杯頑張ります。

今日はこれからボタニカルガーデンへ行こうっと(*^m^*)