2012年10月31日

日本リメディアルセラピー協会と日本エコツーリズム協会

次の日、朝、8時過ぎ、呼び込みの黒服さんpeople21people11だらけの池袋西口のホテルから東口へ。。

東口でミューという女の子と待ち合わせ。4年ぶりの再会のはずが来なかった。。。face18

夜型の子なので朝9時半の待ち合わせはきつかったみたいだ。

彼女から連絡があるまでの時間が勿体ないので、予定を変更して、一人池袋からJR三田駅へ。。。お目当てはリメディアルセラピーで施術してくれるボディストラクチャーバランシングマッサージサロン ZOE( ゾーイ)だ。ここは日本リメディアルセラピー協会も兼ねている。そのため挨拶に行きたかった。

ミューが来ないから迷いながら三田駅に到着。しかも住所は’みずほビル’と書いてあるので簡単に見つけられるだろうと片をくくっていたら、、通る人通る人『知らない』っという。。。。ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜face22face21

もう何十回と繰り返したお決まりのパターンだ。ウロウロウロウロして見つからないうちに11時過ぎになり、突然ミューから『どこにいるの??』とメールが入った。

face06『待ち合わせ時間に来ないから用事を済ませに三田駅に来た』

people10『待ち合わせ11時半でしょ?』

face19『え〜〜〜〜〜〜?9時半は?』

people10『ミューの起きる時間・・』

うが!勘違いだ。

日本リメディアルセラピー協会のお膝元だが見つからない。。。JRパスはまだ使えない状態だから待ち合わせの池袋まで300円くらいかかる。往復したら約600円かぁ。で、もう一度来たらさらに300円かぁ。。と結構せこく計算。。

時刻は11時。。。1時間程歩いても探せなかった。。。。。池袋までは30分。。。。何とかミューと待ち合わせる時間に池袋へ戻りたいが、近くにあるであろう協会にも未練が。。。。。もう限界。。。。泣く泣く池袋へ戻った。

その後は順調でミューにやっと会えた。。というか午前中は自分自身のせいで時間もお金も無駄にしてしまった。

まずSEIBUへ。。SEIBUに来たのは25年ぶりだ。僕の希望で日本のアロマセラピーで売っているエッセンシャルオイルを見に行った。

今回は名古屋でリメディアルセラピーとシーターヒーリングのセミナーをやるので気合いの入ったエッセンシャルオイルをオーストラリアから持って来た。だからもちろんもっといい専門店があるはずだが、一般的な場所で売っているエッセンシャルオイルの質を見ておきたかった。

エッセンシャルオイルを取り扱っている店を数カ所を周り感じた事は、共通して値段は適正価格=丁度良いお手頃の価格だ。しかし良い質だろうけど、何か物足りなさを感じた。これ以上は書けないが理由はおそらく日本から見た外国産という事だ。

ハッと後ろを見ると・・・・・・・・・・





特別期間中らしく行きたかったけど断念した北海道フェアをやっているではないか!!威勢の良い声や美味しい匂いがぷんぷん漂ってきたanimal20



堀(?)の向こうは北海道!


まずはミューとぐるっと一回りicon06

一通り、試食したりしてから買い食いの始り。



まずはこれ北海道のソフトクリーム。いい香り。甘さ控えめ!きっと現地の牧場で食べたらもっと美味しいのだろう!!



それからこちら。北海道産の小豆からつくったアンコの食べ物!縁日感覚で買って食べた。

最後に・・・



やっぱりラーメンfood35food35この他にはいくら丼やウニ丼、海鮮丼やお寿司屋が出店していた。しかもこのラーメン、良い意味で期待を裏切ってくれた。化学調味料を使っていなかった。

ふぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜face11っと満腹になって北海道フェアを後した僕ら、ちらっとスイーツが食べたくなった。SEIBUに出店している有名な和菓子屋。



そこで抹茶ソフト注文


これがまたオドロク程、抹茶を使ってくれていて、何とも大人の味でしたface19

なんだかんだいってお別れの2時まですっと食べてた。。。。  続きを読む

Posted by K at 23:49Comments(2)日本遠征2012

2012年10月29日

鹿島アントラーズと世界最大の大仏

朝食後、倒れるように睡眠をとった後は、薬を飲んでから出発の準備。

そして同級生の運転で近くの『鹿島アントラーズ』のスタジアムへ・・・・icon17feel17feel17





この茨城県潮来市の地域だが、約3万人。バイロンベイと同じ位の人口だ。この町の面積はこの町は71.41km²。バイロンベイの面積は566km²だったと思う。それでも人は少なく、蒼い空も綺麗。空気もきれいな場所で気に入った。





辺は車は通るが誰一人歩いておらず、貸し切り状態!


鹿島アントラーズミュージアムに突入!!!ここで歴史を学べる。




鹿島アントラーズのチーム母体は1947年に創設された住友金属工業蹴球団で、1991年のJリーグ加盟時に鹿島アントラーズに改称した。Jリーグ創設時からの加盟チームの一つ。未だにJ2へ降格した事が無く、僕の記憶では読売ヴェルディ(カズ、ラモス、北澤などなど懐かしいね)がだんトツで優勝するであろうと思っていたJリーグ元年。ジーコ,アルシンド、長谷川や本田を中心に大活躍。鮮明に覚えている!!





日本リーグ時代、常勝チームだった読売ヴェルディが世代交代がままならぬまま衰退してくのとは逆に、Jを代表する常勝チームとなった。誰が予想出来たろう。。。face02




鹿島アントラーズが設立出来た事自体当時は『奇跡』だったそうだ。
それを可能にしたのは熱い想いで動く人脈の数々。奇跡は頑張りきらないと発動しない力なんだとパネルを見てジーーンとした。頑張ろうと思った。



常勝チーム鹿島アントラーズは当初(1992)、只単にエンジ色のユニフォームが好きだから、好きだったチーム。

神様ジーコの実兄のエドゥーを筆頭にトニーニョ・セレーゾ(1970年代、『黄金のカルテット』の一人。ブラジル代表で有名な選手だった)なども指揮をとり、レオナルド、現監督のジョルジーニョやビスマルクなどブラジル代表のレジェンドクラスが名を連ねた。





若手育成にも定評があり、2002 FIFAワールドカップで日本代表に秋田豊、鈴木隆行、柳沢敦、中田浩二、小笠原満男、曽ヶ端準などクラブ別では最多の6人が選出された事が記憶に残る。



スタジアムの外にあるジーコ像。。


国内の3大タイトル(Jリーグ、ナビスコカップ、天皇杯)でJリーグ史上最多の15冠(A3チャンピオンズカップ、スルガ銀行チャンピオンシップ、スーパーカップを含めると22冠)を達成。また、それぞれのタイトルにおいて最多優勝回数を誇る。2000年シーズンにJリーグ発足後初の三冠(リーグ戦、ナビスコカップ、天皇杯)を達成。そしてJリーグ3連覇(2007年 - 2009年)を達成している唯一のクラブでもある。

色々な情報やブームが世を騒がせる中、鹿島アントラーズは一環してアジア人枠以外『外国人枠』はブラジル人で統一し、成功を収めている点も勉強になった。



震災後、ドイツで発した内田選手のメッセージ




静まり返ったスタジアム・・・・ひしひしと伝わる緊張感・・・・最高だった。錯覚かもしれないが、ピッチは短いかなと思った。パスワークを重視する現代サッカーには向いているピッチの設計だった。

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次は宿においてあったパンフレットの中で最も目についた場所へと移動。

一瞬目を疑った。。山道をグネグネ移動中に見えて来たのがこちら。。。。。



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Posted by K at 10:16Comments(4)日本遠征2012

2012年10月26日

やっと回復・・

9月中旬からぽっかりと空いたブログ。


ここまで体調を崩す事は人生初でしたface18

疲れが蓄積されて免疫が相当落ちたのでしょう。40度前後の熱が3,4日続いてそのままダウン><

扁桃腺炎インフルエンザ結膜炎face08などなど3つの呪文を同時に食らい・・・・・

立てず、聞こえず、動けず、寝ていても目が回っているパルプンテ状態face30

ツアーの仕事もセラピストの仕事も見事に3週間も穴をあけてお休み。。。50%ほど回復した状態で日本へ10日間ほど行く予定は強行し、日本でのセミナーやリメディアルセラピーの話の用意も全く出来ず、物質的な荷物は少ないのに(15キロまで)不安材料は百何十キロも抱えた気分だったのでした。

ブログも全く更新する気になれず。。。。一度離れたらログインがなんとなく嫌というか怖くなって、きっとこうやってブログは書かなくなっていくんだろ〜なぁという心境でしたねface02

ネガティブにポジティブを注入してくれたのは’出会い’です。たくさんの人に出会い、響いた事で動かなくなっていた気持ちにが震えた。出会いっていいね!友達っていいよね!!

今回の来日はエコツーリズムではなくリメディアルセラピー関係のためだ。リメディアルセラピーの普及とセラピスト留学の説明をしに行った。

フラフラの状態で成田に着いた。

空港に遅れて迎えに来てくれたのは小学校時代の同級生。36歳にして初めて運転免許を取った彼は、さらに友達を誘い成田まで車できてくれたんだとさ〜。そして僕は36歳にして初めて空港に友達が迎えに来てくれたのだ!!税関を通った先にはドアがあり、それが開いたら友達の笑顔!!!がなかった。結局遅れて来た。


そして連れて行ってくれた先は、池袋の宿泊するはずの宿ではなく、、、、鹿島アントラーズのスタジアムに近い。『かんぽの湯』温泉です〜〜〜face23 http://www.kanponoyado.japanpost.jp/yado/itako/

成田空港から宿に着いたのは9時過ぎ。ちょっと古い昔流行ったであろう暗い雰囲気が気に入った。

真夜中、、、、11時過ぎに湯につかる。

体調の事もあるので恐る恐る湯につかる。

熱い湯が身にしみた。

鳥肌がたって芯まで疲れた身体に熱を運んでくる。

湯は濁っていてしょっぱい。

少々ぬるっとする。

多々にホッとする。


朝,っというか早朝。もう一度湯に浸かる。3人の貸し切りだ。我々は前日、宿泊客の中では最後に入り、早朝最初に入った客だ。だからといって宿からおめでとうございます的なプレゼントはもちろんないが、密室に溜った硫黄の香りを良しとするのは日本人の遺伝子なのだろう。

朝食会場に行くと、夢に見た日本食のバッフェ。納豆、めかぶ、酢の物、煮物、お魚、サラダ、みそ汁、20種類くらいの日本食がずらっと並ぶ。。





それとパンやスープ、目玉役や焼きそば、オムレツにハム、パリッとしたソーセージが並ぶ。





結局、3回おかわりし、特に酢の物が身体に効いた。。お腹がいっぱい・・・・・そして早朝に湯に浸かった事により、ものっっっっっっっすごく体力を奪われる・・・・動く希望も奪われタ・・・・・・・・・・この脱力感はかつて体験した事がなかった。

やっと理解できた。温泉は身体を疲れさすものだ。芯まで温めて体温を上げて、血流を高め、免疫も高め、疲れさせ、ともなう脱力感はその後の回復を意味する公転反応そのものだった。

チェックアウトぎりぎりまで意識を無くすface15face15face15

やっと身体も回復・・・気持ちも回復・・・・し始めた日本遠征最初の出来事だった。
  

Posted by K at 09:16Comments(5)日本遠征2012